シミストその3:グラン・シミストたち

 「今回でシミストについては最後なので、モンペリエにいた二人のグラン・シミスト (Grand chimiste:大化学者) の話を少々。
 僕が博士課程の学生であった時は、モンペリエの旧市街にあるドミニカ会の修道院に住んでいた。 そこの神父や修道士の方々はみんなやさしく、クリスチャンでもない僕を、年に数回ある信者の方々と一緒に行われる晩餐会によく招待してくれた。 ある晩餐会の時、仲の良かった修道士さんが僕に一人のご年配の方を紹介してくれた。その方はカストロ(Castro)という名前で、背が高く痩せていていかにもフランスの老紳士といった感じであった。
 修道士さんが僕にカストロさんを紹介してくれたのは、彼が化学関連の仕事をしていて、 仕事上よく日本に行ったそうだから僕と話が合うはずだ、という理由からであった。
 カストロさんと実際に話してみると、彼はかつてサノフィアベンティスで研究者かつ重役として働いていたが、すでに引退して悠々自適の身とのことだった。
 サノフィアベンティスと言えば巨大製薬会社の一つである。
 そこで働いていたというのだから、この人は結構すごい人かもしれないと僕は思った。
 さらに彼の話を聞いてみると、彼は僕がいたモンペリエ第二大学の教授達をよく知っているそうなのである。この人は確実にスゴい人だと思って、翌日ミカエル先生に聞いたら、「サノフィアベンティスのカストロってお前、あのカストロ先生のことか。お前はすごい人間に会ったな」と言われた。
 ミカエル先生によれば、彼はペプチド化学の権威の一人であり、なんとペプチド合成で使われるBOP試薬を開発した大化学者だったのである。
 実際にBOP試薬は、Castro試薬とも呼ばれている。僕はそんなことも知らずに、そのグラン・シミストとワイン片手になれなれしく気軽に会話をしていたのだから、無知とは恐ろしいものである。
 次のグラン・シミストは、カストロ先生のように僕が話をしたこともなければ会ったこともないが、モンペリエ第二大学の偉大なる化学者である。
 僕が所属していた研究室は化学棟の五階にあり、僕はそこまで階段で行くのが面倒くさいから、よくエレベーターを利用した。エレベーターの入口の真向かいにはある研究室のドアがあって、そこの責任者の名前がドアの上のプレートに書かれていた。そのプレートには、Corriuと書かれていて、「Corriu、どっかで聞いた名前だな」なんてエレベーターを待つ間ずっと思っていた。
 ある時、その事をムッシュー・オワリーに聞いてみたところ、彼は熱くなって僕に「彼は真の化学者だ(Il est un vrai chimiste.)」と言った。彼によると、Corriu先生はモンペリエ、いやフランスを代表するグラン・シミストで、「お前はそんなことも知らんのかい」と言われてしまった。
 その時、ぼくはピンと来た:もしかしてCorriuとは熊田・玉尾・コリュー反応のコリューではないかと思い、調べてみたらまさにそうだったのだ。
 日本語ではカタカナ表記で「コリュー」だったので気付かなかったわけである。熊田・玉尾・コリュー反応といえば重要なクロスカップリング反応のひとつであり、日本の熊田先生、玉尾先生、そしてコリュー先生らが開発したことから、この名前で知られているが、そのコリュー先生がフランス人で、またモンペリエ大学にいたことなど、その時まで知らなかった。しかしよく考えてみれば、僕が英語でKumada-Tamao-Corriu反応として覚えていればもっと早く気づいていたのかも知れない。ここでもまた自分の無知をさらすはめになってしまい、恥ずかしい限りである。