佐 藤 和 之

現在(2006年7月)進行中の研究テーマ

1. 災害時の日本語研究:
  地域社会が迎えたさまざまな国からの友人や、視覚的・聴覚的な障害をもつ人々を情報弱者にしないための減災研究。地震などの災害が起きたとき、緊急性の高い情報を効果的に伝える方法について考えている。複数の言語で情報を流すことなく、情報弱者を少なくする。また、被災者たちの心的負担も軽減するにはやさしい日本語で伝えることが有効との立場から、その実用化について検討している。


2.グローバル社会における日本語の役割研究
  バブル崩壊後もいまだに高い経済力を保持する日本に、国際社会が期待している役割を言語的側面から考えようとする。日本・中国・米国で生活するさまざまな社会階層の人々に調査した結果から、国際会議での日本語の扱われ方や英語と日本語との関係、あるいはまた国内外での日本語教育の展開方法などについて考えている。
 とくにグローバル社会における日本語は、将来どのような途を模索すべきか。英語へと単一化しつつある現実的側面について、人々の意識を機能とアイデンティティという観点から整理することで、問題解決の糸口を見出そうとする。


3.外国人児童への教育のための言語政策研究:
  日本の経済力を支えるために訪れた日系人労働者の子弟に対する教育保障と教育のための言語保障の問題について考えようとする。教室の国際化によって生じるさまざまな問題を言語的側面から解決できる途はないのか。8人に1人が外国人の町(群馬県太田市・大泉町)での学校教育と教育政策を具体例として、具体的な解決策まで提言しようという施策・施行型研究。


4.近代日本の学校教育と国語政策研究:
  秋田県の山間地にあった鉱山村の小学校。明治・大正・昭和に亘って、山間の教室はネイティブとノンネイティブが共生する場であった。方言撲滅教育が盛んだったこの時代に、方言を否定することなく方言と標準語(当時は標準語と呼ばれていた)の共生の意識と使い分けの行動を児童や村人に与えている。
  旧西成瀬小学校での教育を受けた者と教育を担った者からの聞き取りや、残された教育資料をもとに、近代日本が行った国語政策と標準語獲得政策の有意味性を検証し、さらに同小学校の近代教育の中での位置付ける。また、近年になって気付かれつつある多文化・多言語教育と同小学校での教育の相関について考えようとする。


5.地域社会の言語変容と言語意識の相関研究:
  方言がなくなると言われて久しい。方言はもう話されなくなったという地域もある。しかし、日本中が均質なことばになったわけではない。人々は方言に愛着を感じ、後世に残したいと思っている。そうであるにもかかわらず、方言話者たちの多くは方言を話すことを羞恥とも感じていた。
  ことばの使い手である人間の言語意識を通して、方言を必要とする理由や共通語が果たしている役割について考える。そしてそこから、言語意識が日常の言語行動に与える影響と言語、および言語観の変容について考える。


研究室トップへ

QLOOKアクセス解析