ラクダの積荷

曽我亨(弘前大学)

 ラクダは扱いにくい動物だ。牧草や水がたっぷりあれば、穏やかに牧草を食み、一日中、牧童が昼寝をしていても、群れが失踪するようなことはない。けれども、牧草が枯れはじめ、気ままに水を飲めなくなると、ラクダは勝手に牧草や水場を探して移動するようになる。その気になって動きまわるラクダのスピードは、我々の想像よりもはるかに上だ。喉の渇きに耐えかね、水を求めて右往左往するラクダの群れをまとめようと、牧童は必死になって野原を駆けまわる羽目になる。夜も油断は禁物だ。喉が渇いたラクダは、夜中に突如、どこかへ行ってしまう。人々も注意をしてはいるのだが、日中の重労働で疲れているのに、ずっと徹夜で番をし続けることなど、できたものではない。

 私が最初に北ケニアを訪れた1991年、ガブラ・ランドは厳しい旱魃に襲われた。疲弊して夜を越せなかった家畜の死体が村の近くにうち捨てられ、その悪臭で村の存在を知ることができるほどであった。私が居候していた村では、喉が渇いたラクダが、夜となく昼となく脱走を繰り返し、若者たちは連日のラクダ探しにすっかり疲れてしまっていた。牧童も言うことを聞かないラクダにうんざりしているようであった。

 ある朝、失踪したラクダを誰が探しに行くかをめぐって、第一夫人の長男ウルデと、第二夫人の長男ボルが口喧嘩を始めた。人手不足に悩むこの村では、ウルデが小型家畜の日帰り放牧に従事し、ラクダ探しはもっぱらボルの仕事であったのだが、探しても探しても、すぐに失踪するのに疲れはてたボルが「俺はもう、ラクダを探しにはいかないよ」と言いだしたのである。ウルデは「俺には俺の仕事があるから、ボルが探しに行くのが当然だろう」と突っぱね、やがて二人は言い争い始めた。翌朝になっても収まらず、息子たちはまだ言い争っていたのだが、両者の言い分を聞いていた父親のブレ老人はこう言った。「息子たちよ、ラクダを大切にしなさい。四男坊の私は、父親からラクダを一頭ももらうことができなかった。他のガブラが私にラクダを託してくれたからこそ、今の私たちの生活があるのだ。家にいるラクダは、一頭たりとも私たちのものではないのだぞ。ラクダの所有者を恐れなさい。私たちが、ラクダを粗末にしていることが知られたら、彼らはすべてを回収してしまうだろう。」

 ブレ老人の目には、息子たちがラクダの重要性をまだよく理解していないように映ったようである。訥々と、ラクダを大切にしなければいけない理由を、息子たちに話し続けた。結局、ボルが一日休み、探しに行くことになったと記憶している。だが、そんなことよりも、ブレ老人の言葉がガブラの生活世界を垣間見せてくれたことが私には重要であった。

 そのころ私は、調査の手がかりが見つからないことにいらだっていた。日本を出発する前の私は、人々の暮らしを参与観察すれば、フィールドノートはぎっしり埋まっていくと楽観していた。けれども、ここには参与観察しようにも、人がいないのである。朝、家畜が放牧に出発してしまい、女たちも水汲みに出かけてしまうと、村は一日中、静寂に包まれる。放牧について行っても、話し相手は牧童しかいない。話が尽きれば、あとはもう昼寝をするだけだ。ガブラの社会生活は、かくも稀薄なものなのか、こんなことで調査ができるのか。調査を進める自信を無くしかけていた私に、ブレ老人の言葉は重要なヒントを与えてくれたのである。

 さっそく私は、ブレ老人が飼っているラクダの来歴を調べてみることにした。ブレ老人は一頭一頭のラクダについて、それが誰から託されたものであるか、丁寧に来歴を教えてくれた。ブレ老人は、母方オジや姻族、親しい友人やクランを同じくする人たちからラクダを託してもらっていたが、ラクダの所有者が彼らであることは稀であった。つまり彼らも、また他の人からラクダを託してもらっており、そのラクダが生んだ仔ラクダをブレ老人に託していたのである。ブレ老人のラクダは、何人ものガブラの手を経てやってきたものだったのだ。ブレ老人は、誰の手を経て自分の手元までラクダがやってきたか、よくそらんじており、「このラクダは友人から託されたものだが、その所有者は別の男で、私はその男に会ったこともないのだよ」と愉快そうに笑いながら教えてくれた。

 ラクダは一頭一頭、人と人の関係を背負っている。それはガブラの助け合いの歴史であり、親密さと責任の「積荷」である。まだラクダの歴史を教わっていない青年や私には、ただ一頭のラクダが失踪したにすぎないということも、ブレ老人にとっては、ラクダを託してくれたあの人と自分との、あるいは、ラクダの所有者と自分との関係が問われるような出来事だったのだ。朝に夕べに、家畜囲いにたたずむラクダを見つめるブレ老人のまなざしは、ただラクダを見つめているのではない。彼は、そこに凝縮されたガブラの人間関係を見つめていたのである。

 高島賞の対象となった論文「北ケニアの牧畜民ガブラにおけるラクダの信託制度に関する人類学的研究」は、このラクダが媒介する人間関係のネットワークの性質や、このネットワークに組み込まれた人々が、ガブラ社会をどのような社会として認識するかといった点について考察したものである。賞を頂戴して光栄に思うとともに、賞の積荷(皆さんの期待)に応えていくよう努力したいと思っている。ありがとうございました。


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