弘前大学人文社会科学部
文化創生課程 多文化共生コース


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ゼミ・研究室紹介

イギリス文学研究室/畑中 杏美(准教授)

はじめに:「イギリス文学」について

 イギリス文学研究室へようこそ。「イギリス文学」といわれても、あまりぱっとしたイメージが浮かばないかもしれませんので、ここではまず、具体的に、「イギリス文学」ということばでイメージしやすそうな作家・作品を挙げながら、イギリス文学の特徴について少しだけ考えてみましょう。たとえば、『ハリー・ポッター』シリーズや、アガサ・クリスティーの探偵小説、約400年前までさかのぼるならば、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』や『ハムレット』などが、「イギリス文学」というカテゴリーに入れることができる作品です。これらの作品は、ファンタジー小説、探偵小説、劇、など、ジャンルも形式も様々であることがわかります。
 ここからわかるイギリス文学の特徴のひとつは、多様性を尊重するということでしょう。たとえば、どの作品もすべて英語で書かれていますが、時代によって語彙や語義が違うことがよくあり、作中には、英語ではない言語を使う人びともたくさん登場します。シェイクスピアの劇では、「あなた」を表すことばとして ‘you’ だけではなく、 ‘thou’ という代名詞が頻出します。アガサ・クリスティーの名探偵ポワロは、ベルギー出身という設定で、ふとした時によくフランス語を使っていますね。『ハリー・ポッター』にでてくる魔法の呪文は、ラテン語をつかった造語だそうです。
 作品舞台も、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』はイタリア、『ハムレット』はデンマークと、じつはイギリスではないのです。『ハリー・ポッター』の第1巻は、作者がスコットランドのエディンバラにいたときに書かれ、作中の魔法学校もスコットランドのハイランズ地方を舞台にしているようです。「イギリス文学」だからといって、イギリス人やイングランドについての物語ばかりではないのです。むしろ、異なる言語、思想、価値観をさかんに取り入れつつ、さまざまな主題を描くことで、イギリス文学の色彩豊かな魅力がうまれたのだといわれています。

“EAT FISH & CHIPS if it’s the last thing you do!” (Martyn Ford and Peter Legon, The How to be British Collection, Lee Gone Publications, 2003より)

 ですから、「イギリス」について、紅茶だとか、フィッシュ・アンド・チップスだとか、フットボールくらいしか知らない、という人も、はじめはそれでいいのです。そういったものも「イギリス」の大切な一部ですし(そもそも「イギリス」ということばも、日本でしか用いられていない通称です)、小説の作中人物も私たちと同じく、お茶をし、食事をし、スポーツを楽しんだりもします。少しでも「イギリス」に興味が持てたら、自分なりの「イギリス」を、文学作品のなかに見つけてみませんか。

20世紀イギリス文学の研究

 私の専門は、20世紀のイギリス小説です。19世紀までのイギリス文学の作品とくらべると、帝国の解体や大戦など、社会的な危機に直面していた20世紀のイギリスで書かれた小説は、「確信」よりは「ためらい」、「強さ」よりは「弱さ」に焦点を当てたものが多いといえます。決して明るく楽しい話ばかりではないのですが、社会や個人にとってのさまざまな問題について、すぐに解決策が見つからなくとも、目を背けずに、まずは正面からとらえて理解しようとする、愚直な誠実さのようなものが感じられる作品が多いのです。この誠実さというのは20世紀に限らず、イギリス文学に共通してみてとれる特徴だと思いますが、20世紀の小説に読み取れる問題意識は、現代の私たちにとって、より身近なものとして考えやすいものだと感じ、研究者としては、とくに20世紀の作品に注目するようになりました。
 最近は、ミュリエル・スパーク(Muriel Spark, 1918-2006)という作家を研究しています。スパークは、ユダヤ人の父親とイングランド人の母親をもつ、スコットランド生まれの作家です。故郷エディンバラにいたのは10代までで、その後は南ローデシア(現ジンバブエ)、イングランド、アメリカ、イタリアなど、世界各地を転々としました。小説家としてのデビューは決して早くなく、40歳近くになってからでしたが、亡くなるまでに、小説22作品のほか、短編、脚本、エッセイ、批評、伝記などを多数書き残しています。超自然的な現象を用いて現実を浮かびあがらせるという、不思議な世界観がスパークの作品の持ち味であるといわれています。『ミス・ブロウディの青春』(The Prime of Miss Jean Brodie, 1961)というスパークの代表作は、今から半世紀以上前に書かれた作品ですが、よく読んでいくと、指導者と追随者、同調圧力、情報操作、女性の人生と労働など、現代社会でも問題になっているテーマを読み込むことのできる作品になっています。

授業・ゼミについて

 イギリス文学は時代も形式もジャンルも、かなり幅が広いので、研究に必要な知識、たとえば文学史を把握するだけでも、なかなか骨が折れます。ですが、図書館の地図を把握していないと、読みたい本にたどり着けないのと同じで、全体を見通すことができないと、誰が書いた本をどんな風に読みたいのかを見つけるまでにする苦労が、少し多くなるかもしれません。授業ではぜひ、幅広い視野をもってイギリス文学を見渡す視点を持ってください。
 ゼミでは、20世紀のイギリス小説を読んでいきます。適宜作品を引用しつつ、疑問点や着眼点を整理して紹介してもらい、ディスカッションをしてもらいます。また、作品が書かれた当時の時代背景についてなど、歴史的・文化的な側面についても調査してもらい、作品との関連において報告してもらいます。一冊の本について、さまざまな角度から考えようとする姿勢が求められます。

学生のみなさんの研究テーマについて

シャーロック・ホームズの像(ベイカー・ストリート駅付近、ロンドン)

 私は20世紀のイギリス小説を専門に研究していますが、ゼミの学生の皆さんの興味は児童文学、映画とイギリス社会、探偵小説、英国王室など、さまざまです。出発点はぜひ、自分が面白いと思うものを選んでいただきたいです。そのうえで、イギリス文学の作品を、どこか遠い国や時代の物語としてではなく、いま/ここで生きている私たちの社会と関連づけて考えることのできる視点を発展させていくことが目標です。
 文学研究をとおして、よりよい社会や、よりよい生き方について考えることができれば、「文学なんて暇つぶしの役にしかたたない」とは言えないはずです。本から得た知識や、本を読んで考えることを、自分の暮らしに役立てていいのですし、そうでなければ、ゲーム・動画・SNSなど、暇をつぶす手段がこんなにもあふれかえっているいま、本どころか、文学を読む意味は、たちまち薄れていってしまうのではないでしょうか。ぜひ、自分が面白いと思えるテーマを見つけ、いまの自分や将来の自分に役立ててください。全力でサポートします。

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